第17話 相続税対策が、争族の始まりにならないために

2026/08/03

 
相続税は減った。でも、家族は壊れてしまった。
 
「早く売却して整理したい。
子どもたちへ、この争いを持ち越さないために。」
 
「絶対に売りません。
思い入れもあるし、大切な資産ですから。」
 
私が実際に担当した
ある収益不動産の売却案件でのことです。
 
物件そのものは、立地や収益性を見ても
十分に魅力のある一棟収益マンションでした。
 
しかし、売却は進みませんでした。
 
理由は、建物のスペックでも、
価格でも、条件でもありません。
 
所有者であるご兄弟の意見が、
最後まで一つにならなかったからです。
 
 
その物件は、もともとお亡くなりになったお父様が
所有されていました。
 
物件がまだ築浅だった約20年前、
お父様は、
この不動産を子どもたちへ引き継ぐために、
子どもたちが株主となる資産管理法人を設立し、
その法人へ売却しました。
 
すなわち、
お父様が生前にこの不動産を法人へ移したことにより、
お父様個人の相続財産とはならず、
本来発生していた多額の相続税を
回避することができたのです。
 
相続税対策というその一点だけを見れば、
その選択は大成功したように見えます。
 
しかし、
その成功の代償として待っていたのは、
家族の崩壊でした。
 
 
年月が経ち、いざ売却しようとしたとき、
家族の意見は大きく分かれていました。
 
ここでは、
売却を希望されている方をAさん、
売却に反対されている方をBさんとして
お話しします。
 
Aさんは、ご兄弟で受け継いだこの物件を
自分たちの代で整理しておきたいと考え、
売却を強く希望していました。
 
私は最初、
法人の代表者であるAさんが窓口だったため、
Aさんからお話を伺っていました。
 
Aさんは、
売却できない原因はBさんにあると
繰り返し話されていました。
 
その話を聞くうちに、私もごく自然に、
Bさんに問題があるのだろうと
思い込んでいたのです。
 
ところが、その後、
Bさんから直接お話を伺う機会があり、
その瞬間、
それまで見えていた景色が大きく変わりました。
 
Bさんは、
 
「この建物は、父と一緒に土地を求めて動き回り、
その後も設計からずっと携わって、
管理もしてきた大切な財産です。
絶対に手放すことはできません。」
 
そう話し、売却に強く反対していました。
 
Bさんのお話では、
以前はご自身が建物の管理に携わっており、
Aさんの意向で、管理体制が変更され、
管理会社へ委託されるようになったとのことでした。
 
ご自身で管理を行っていた頃は、
利益がしっかりと手元に残っていたそうです。
 
しかし、
管理会社へ委託するようになってからは、
管理料や原状回復費、
リフォーム代などの支出が大きく膨らみ、
資金が目に見えて減っていったと
Bさんは受け止めていました。
 
そのため、管理会社に対しても
強い不信感を抱くようになっていたのです。
 
一方、Aさんは、
管理の専門家へ任せている以上、
その運営に間違いはないと信じていました。
 
 
そして、私が最も衝撃を受けたのは、
ご両親の介護についてのお話でした。
 
Aさんは、
 
「仕事をしながら毎日のように病院へ通い、
自宅療養では下の世話まで、私がしてきました。
Bは何もしていません。」
 
と話していました。
 
ところが、Bさんのお話は、
まったく逆でした。
 
お二人とも
 
「親の介護をしてきたのは自分だ。」
 
そう話されていたのです。
 
私は言葉を失いました。
 
同じ出来事について話しているはずなのに、
語られる内容は、あまりにも違っていたのです。
 
ここまで見えている景色が違うのか。
 
そのとき、私は二つのことを痛感しました。
 
一つは、片方の話だけを聞いて
物事を判断することの怖さと
異なる両方の意見を聞かなければ
本質は見えてこないということ。
 
そしてもう一つは、
この問題は、部外者である私が解決できるほど
単純なものではないということでした。
 
実は、このご家族は売却問題とは別に
相続財産をめぐる裁判も長年続いていました。
 
お互いが相手を疑い、
その疑いが少しずつ積み重なっていった結果、
私がお話を伺った頃には、ご兄弟の関係は、
すでに修復が極めて難しいところまで
壊れていました。
 
長年に及ぶ裁判の中で、Bさんは、
Aさん側の弁護士から不当な扱いを受けた
と感じており、その怒りが今もなお深く
残っていました。
 
そして、この不動産の売却という場面で、
長年積み重なってきた対立は、
さらに決定的なものとなってしまったのです。
 
 
私から見れば、
お二人とも決して悪い方ではありませんでした。
 
私が直接それぞれとお話をさせて頂いて
一番強く感じたことがあります。
 
お二人とも、
長い年月の中で深く傷つき、
それぞれの立場で苦しみ続けてこられたということです。
 
ただ、
お互いの感情があまりにも複雑にもつれ合い
もう冷静に話し合うことさえ
難しい状態になっていました。
 
その姿を前にして、部外者である私には
どうすることもできませんでした。
 
そのもどかしさと悔しさ、
そして何とも言葉にできないほどの消耗感だけが
時間が経った今でも心に残っています。
 
人は、一度「相手が悪い」と思い込んでしまうと
その考えから抜け出すことが、
とても難しくなります。
 
お互いを完全に理解することは、
難しいかもしれません。
 
それでも、理解しようとする姿勢だけは、
最後まで失ってほしくない。
そう感じずにはいられませんでした。
 
 
一度、税務や法律という枠組みの中へ入ってしまうと、
家族の思いは外側へ追いやられ、
置き去りになってしまうことがあります。
 
その結果、問題が解決するどころか、
お互いの気持ちはさらにすれ違い、
家族の関係が以前より深く傷ついてしまう
こともあるのです。
 
このケースは、あくまでも一つの事例です。
 
不動産を複数のご家族で引き継ぐケースでは、
このような問題が生じることは
決して珍しいことではありません。
 
相続税対策で、本当に怖いのは、
本質を見失ってしまうことです。
 
「いかに節税できるか」
という目先の利益に意識が集中するあまり、
その先に待っている家族の未来が
見えなくなってしまう。
 
家族の笑顔が消える選択になっていないか。
 
それこそが、
本当に考えるべき相続税対策なのではないでしょうか。
 
 
共有不動産や相続の現場を見てきて思うこと
 
共有不動産のトラブルや
ご家族のすれ違いを数多く見てきたからこそ
私は声を大にしてお伝えしたいことがあります。
 
不動産をそのまま残して家族が争うくらいなら、
動けるうちに現金化し、
綺麗に分けるという選択が
結果として家族の絆を守ることもあるということです。
 
もちろん、売却が最善とは限りません。
持ち続けたほうが、
ご家族にとって最良の選択となる不動産もあります。
 
本当に大切なのは、「何を残すか」ではなく、
「何を守りたいのか」なのではないでしょうか。
 
 
私は不動産業に携わる前、約4年間、
事業保障や節税対策の提案にも携わってきました。
 
会社を守ることや税務と向き合う仕事をしてきたからこそ、
その大切さや難しさも理解しています。
 
ただ、その経験を通じて痛感したことがあります。
 
節税という「手段」が目的化してしまったとき、
「本当に大切なもの」が見えなくなってしまう。
 
相続税対策は、本来、
ご家族の未来を守るためにあるはずです。
 
正解は、人によって変わります。
 
もっと言えば、
そもそも正解など存在しないのかもしれません。
 
税理士は税務という専門分野から、
弁護士は法律という専門分野から、
それぞれ最善を考えます。
 
それは、それぞれの大切な役割です。
 
しかし、人の人生は、
税務や法律だけで白黒がつくものではありません。
 
家族には積み重ねてきた歴史があります。
 
言葉にならない感情があります。
 
それぞれの立場や想いがあります。
 
私が現場で見てきたのは、
専門家の助言を信じて選択した、
その先に待っていた現実です。
 
相続税は減った。
法的な整理も終わった。
誰も悪気があったわけではない。
それでも、家族は壊れてしまった。
 
そんな現実を、私は何度も見てきました。
 
私は、
弁護士や税理士、金融機関の意見は参考にします。
 
しかし、それを絶対視することはありません。
 
最後に向き合うべきなのは、
数字ではなく、一人ひとりの感情であり、
ご家族の未来だからです。
 
その後、どのような形で資産を残し、
次の世代へバトンを渡していくのか。
 
税金のこと。
ご家族のこと。
次世代の未来のこと。
 
私が見ているのは、
その先にいる「人」です。
 
目の前のお客様が、何に悩み、
何を守りたいと思っているのか。
 
そのご家族が、
この先も笑顔で暮らしていけるのか。
 
私は、そのことを一番大切にしています。
 
物件の出口を考える上で、
その先のお金やリスクまで含めて考える。
 
数年後も、その先も、
「あの選択でよかった」と思っていただけること。
 
そのためには、売主様ご自身が十分に納得し、
ご自身の意思で決断した上で、
取引に進むことが何より大切だと考えています。
 
それが、私の目指す不動産取引です。
 
 
そして最後に
 
【ご自身の物件と向き合いたいオーナー様へ】
 
先祖代々受け継いできた土地や
長年大切に守ってこられた収益物件について、
 
「このまま持ち続けるべきか」
「そろそろ売却も考えたほうがいいのか」
 
と一人で悩まれている方もいらっしゃるかもしれません。
 
まずは、ご自身の状況を整理することから
始めてみませんか。
 
まだ売却を決めていない段階でのご相談や
状況整理だけでも問題ありません。
 
弊社から営業電話や訪問営業を行うことは
一切ございません。
 
ご自身のペースでご検討いただけます。
 
「でも、現金化したら税金が大変なのでは……?」
 
そう思われるオーナー様もいらっしゃるかもしれません。
 
税金だけでなく、
ご家族の状況や今後の資産の残し方まで含めて、
整理していくことが大切だと私は考えています。
 
ご希望があれば、
これまで現場で積み重ねてきた経験をもとに、
オーナー様と一緒に納得できる選択を考えていきます。
 
オーナー様向けの「状況整理フローチャート」や
ご相談については、こちらにまとめています。
 
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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。