第18話 本当に大切なものは、目には見えない。

2026/09/04

 
 
私はこれまで、
おそらく一般の方よりもずっと多く、
さまざまな立場や価値観を持つ人たちに
出会ってきたと思います。
 
独立前も、総合職や営業職として、
数え切れないほどの人と接してきました。
 
異なる業界や環境に身を置いてきたこともあり、
振り返れば、本当に多くの出会いがありました。
 
そんな中で、今でも
「この人はすごいな」
 
と、心に残り続けている人がいます。
 
それは、社会的に成功した人でも、
何か特別な肩書きを持った人でもありません。
 
私が9歳のときに出会った、
同い年の女の子です。
 
 
小学生の頃、同じクラスに、
とても聡明な女の子がいました。
 
勉強ができて、しっかりしていて、
子どもながらにどこか大人びている。
 
私は、その子にそんな印象を持っていました。
 
ある日、先生からクラスのみんなに話がありました。
 
その子のお母さんが亡くなった、
という知らせでした。
 
私は子どもながらに、とてもショックを受けました。
 
9歳で、お母さんを亡くす。
 
当時の私には、それがどれほどつらいことなのか、
想像するだけでも耐えられないような出来事でした。
 
「あの子、大丈夫かな」
 
いつもしっかりしているあの子でも、
さすがに今は泣きじゃくっているのではないか。
 
そんなことを考えていたのを覚えています。
 
 
その後、先生やクラスのみんなと、
その子の自宅を訪ねました。
 
お母さんは、お布団の中に横たわっていました。
 
そして、その枕元には、
その女の子と弟さんが並んで正座していました。
 
私は、その姿を見て驚きました。
 
二人とも、涙を一滴も流さず、
取り乱すこともなく、ただ静かに、
お母さんのそばに座っていました。
 
あれほどしっかりしている子でも、
お母さんを亡くした今は、
泣き崩れているのではないか。
 
私は勝手にそう思っていました。
 
けれど、目の前にいた彼女は、
悲しみをこらえながら、じっと耐えていたのです。
 
お母さんを亡くしたばかりなのに、
涙も見せず、
静かに悲しみに耐えている。
 
その姿が、9歳だった私には、
あまりにも衝撃的で、
信じられないほど強く、
凛として映ったのです。
 
もし私だったら、
こんなふうに座っていられるだろうか。
 
いや、絶対に、
泣きじゃくっているはずだ。
 
そして、さらに衝撃だったのは、
彼女よりも幼い弟さんでさえ、
お姉さんの横できちんと正座をして、
小さな身体でじっとこらえている。
 
その姿を見て当時の私は、
彼女自身も大きな悲しみの中にいながら、
弟さんのことを支えていたのではないか。
 
そんなふうに感じたのです。
 
自分もまだ9歳です。
 
お母さんを亡くしたばかりの、
一人の幼い子どもです。
 
どん底とも言える状況の中で、
動じることのなかった二人の気高い姿に、
私は強く心を揺さぶられたのです。
 
そしてその日、私の中に、
もう一つの感情が生まれました。
 
それまで深く考えたことのなかった、
「人が死ぬ」ということ。
 
初めて身近に感じた死を前にして、
子どもの私には、一つ疑問が湧き上がりました。
 
 
家に帰って、
当時まだ30代前半だった母に尋ねました。
 
「人間って、どうせ死ぬのに、
なんで生まれてくるん?」
 
母は返答に困った様子でした。
 
結局、はっきりとした答えは返ってきませんでした。
 
 
あれから長い時間が経ちました。
 
それでも私は、
あの日の光景を鮮明に今も覚えています。
 
不思議なのは、
同じ記憶なのに、大人になった今振り返ると、
9歳の頃には見えていなかったものが見えてくることです。
 
当時の私は、
お母さんを亡くした同級生のことが心配で
その子と弟さんのことしか考えていませんでした。
 
でも今は、
お母さんのことに思いをはせます。
 
まだ幼い二人の子どもを残して、
この世を去らなければならなかったこと。
 
どれほど心残りだっただろう。
 
どれほど二人のこれからを案じていただろう。
 
そう思うと、
今になって胸が締めつけられます。
 
 
そして、もう一つ思うことがあります。
 
あの日、お母さんの枕元に並んでいた、
二人の子どもの姿です。
 
あの二人の中にあった、
あの凛とした強さと品格。
 
今の私は、
その二人の姿の中に、
お母さんの存在を感じるのです。
 
もちろん、私はお母さんが
二人にどんな言葉をかけ、
どのように育てていたのかを知りません。
 
それでも、
あの二人の姿の中に、
お母さんが生きているように感じたのです。
 
それまでお母さんから受け取ってきたもの。
 
言葉だったのかもしれない。
 
愛情だったのかもしれない。
 
生きる姿勢だったのかもしれません。
 
目には見えない何かが、
二人の中に確かに受け継がれていた。
 
そんなふうに思えてくるのです。
 
 
人はピンチの時、
窮地に陥った時に
その人の本来の姿がむき出しになる。
 
これは、ビジネスのど真ん中で
何度も身にしみて感じてきたこと。
 
目の前の現実から逃げずに
目をそらさず
受け止める。
 
これは、大人でも
できる人はなかなかいないのではないでしょうか。
 
だからこそ、
まだ9歳でお母さんを亡くすという
どん底とも言える状況の中で、
私が見た姉弟の気高さに
本物の人間の尊さを感じるのです。
 
 
そして、当時の私が、今の私に
 
「人間って、どうせ死ぬのに、
なんで生まれてくるん?」
 
と尋ねてきたら、
こう答えます。
 
何のために生きるのか。
 
その答えを、
自分の人生を通して探し続ける。
人生は、答えを探し続ける旅だと。
 
何が正解か分からないこの世の中で、
自分が正解だと思うものを探し続ける。
 
それが、
その人の人生になっていくものだと思う。
 
 
私の名刺の裏には、
『星の王子さま』の一節を英語で入れています。
 
What is essential is invisible to the eye.
 
本当に大切なものは、目には見えない。
 
この言葉を名刺に入れたとき、
あの日のことを意識していたわけではありません。
 
けれど今、あらためてあの日の光景を振り返ると、
この言葉と重なるものを感じます。
 
たくさんの人と出会い、
さまざまな経験を重ねてきた今、
これはビジネスの本質にも通じる言葉だと
私は思っています。
 
私はこれからも、
この言葉を大切にしていきたいと思います。

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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。