第7話 先祖代々の土地──「守る」と「手放す」の本当の意味

2025/10/06

― 先祖代々の土地をどうするか ―

売主様の中には、ご家族で意見が分かれるケースが本当に多くあります。
「売りたい」と考える方と、「先祖代々の土地だから手放せない」と考える方。
その背景には、責任感や誇り、そして代々の土地を守りたいという強い気持ちがあります。

ただ、未来を見据えたときに──「売った方がいい場合」と「売らない方がいい場合」があるのもまた事実です。

 
🌱 売らない選択が合う場合

・その土地を守ること自体に強い誇りや喜びを感じる
・維持・管理・税金などの負担が家計にとって無理がない
・子どもや孫が「この土地を受け継ぎたい」という意志を持っている

実際に、私がこれまでご縁をいただいた中でも、こんな出来事がありました。

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名古屋市郊外で、ご主人を亡くされてからも8棟の物件を自主管理されている70代の女性のオーナー様がいらっしゃいました。

駅から徒歩6分、鉄筋コンクリート造(RC造)3階建、築25年未満、ファミリータイプ12世帯の物件に関して、私は1年半をかけて「今のタイミングなら、良い条件で売却できます。」と、何度もお声がけしてきました。

2回現地までお伺いし、ようやく「売るわ」とお返事を頂き、媒介契約書を持って3度目に現地を訪問したその日──お母様とともに、三人の息子さんのうちお二人(ご長男様・三男様)も同席されていました。

三男さんは、「なぜこんな立地の良い物件を手放すのか」と強く反対されており、その言葉の裏には、この土地を守り続けたいという深い誇りと責任感が感じられました。

さらにそれまで売却に賛成されていたはずの長男さんが、ぽつりとこうおっしゃったのです。
「僕も、退職したら大家業をやってみたい。
前に、現状回復の作業をしている職人さんの様子を見ていて、なんか面白そうやと思った。
手先は器用なほうやし、弟子入りして教えてもらいながら、修繕や管理のこと、自分でもやってみたいと思ってる。」

それを聞いたお母様は、「あんなこと言ったの、初めて聞いたわ…」と後で静かに呟かれました。きっと嬉しかったはずです。

私もその瞬間、「これはもう、絶対に売らない方がいい」と確信しました。
息子さんたちが三人とも近くに住んでいて、誇りをもって引き継ごうとしているなら──それは何よりの“安心材料”であり、ご家族の“未来”だと思ったからです。

 
🌱 売ったほうが未来につながる場合

・相続で揉める火種になる(兄弟姉妹で意見が割れている)
・維持管理が難しく、空室や老朽化が進んで価値が落ちていく
・不動産が「誇り」ではなく「負担」になっている
・売却資金を別の資産や生活に回した方が、家族が豊かになる

例えば、私の事務所の近くには豪邸が多いエリアがあります。
しかし今は空き家となり、草木が伸び放題で建物が急速に傷んでしまった光景をよく目にします。
どんなに立派で広い敷地でも、人が住まなくなった瞬間に価値は失われていく──その姿を見るたびに胸が締めつけられます。

現場で痛感するのは、「決断を先延ばしするほど条件は悪化する」という現実です。
価値が下がってからでは、売るにしても残すにしても、選択肢がどんどん狭まってしまうのです。

 
📍 それでも、現実はすでに動いている

私が現場で接するのは、個人の想いだけではありません。
今、全国の収益物件市場でも、「土地や建物をどう引き継ぐか」というテーマが、まったく別の形で動いています。

 
■大阪北摂エリアの再開発が予定されている某駅周辺では…

条件を満たす鉄筋コンクリート造(RC)物件を何重にもフィルターをかけて5件に絞り込んだところ、登記簿を確認するとすべて2〜3年以内に売却済み。
そのタイミングが、あまりにも集中している──
これは、数年先に予定されている再開発を見越して、業者サイドが一気に動いたことを示す“痕跡”ではないか。
そんな気配を感じずにはいられませんでした。

・駅前再開発(商業+公共施設+分譲マンション)
・新路線の延伸と交通利便性の向上
・法人・ファンドによるまとめ買いの可能性

これは、所有者が「売る/売らない」を決断する前に、物件そのものが“都市の意思”に飲み込まれているということでもあります。

 
■一方、住宅地として成熟した別の沿線の駅周辺では…

そこでは、また違った力が働いていました。
こちらでは、厳しくスクリーニングにかけて残った、まだ築20年未満のRC物件がすべて売却済みでした。

これは私にとって衝撃であり、何が起きているのか、登記簿から見えてきたのは──

・法人が資産を持ち替えるための組み替え(税務・決算目的)
・相続から法人への整理売却
・巨額の担保設定を伴うファンド・証券化スキーム

つまり、「収益物件が金融商品化されている」という現実です。
利回りや立地が良くても、“個人の意志”ではなく“資本のロジック”で物件が動かされていく。

ここに、家族の物語は存在しません。でも、これが大阪府北部・郊外に位置する某駅周辺の「今」の市場です。

 
― おわりに 〜 想いと現実、その両方を見つめて ―

守りたいと思える場所があり、継ぎたいという声があるなら、土地を残すことは、とても尊い選択です。

けれど同時に──都市は静かに動いています。
物件が「人の意志」と関係なく流動化していく例を、今回の調査で目の当たりにしました。

だからこそ、売る・売らないの判断には、「愛情」と「現実」その両方を見据える視点が必要です。

私は、どちらの選択にも寄り添いながら、ご家族が“納得のいく答え”にたどりつけるよう、これからも誠実に伴走していきたいと思います。

 

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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。