第10話 「奪う営業」が当たり前の世の中に――営業の本質を問う

2026/01/07

 
 
弊社は、テレアポ(電話営業)を行っていません。
 
事前のアポイントなしに訪問する、
いわゆる飛び込み営業もしておりません。
 
正直に言えば、
独立した当初は、
「戦略的な飛び込み」という選択肢を
頭の中で考えたこともありました。
 
けれど、法人を立ち上げ、
自分自身が絶え間なく営業を受ける立場になり、
日々の現場を体感する中で、
私はそのやり方を選ばないと決めました。
 
 
突然の電話や訪問で、
一方的に時間や集中を奪われる。
 
本来やるべき仕事がある中で、
それを中断させられる。
 
それはもはや「営業」ではなく、
「妨害」に近い行為だと感じてしまいます。
 
これは、中小企業の社長であれば
多くの方が通過することのようで、
たまに一日中、会社にいたら、
営業電話で全く仕事にならない。
 
こんな声を何度も耳にしていました。
 
人ごとのように「大変ですね。」と言っていたのに、
まさか「明日は我が身」となる日が来て、
あのときの言葉の意味を
噛みしめるようになる日が来るとは__。
 
 
だから私は、
自分がされて嫌だったことを、
誰かに対して行いたくない。
 
そう思うようになったのです。
 
私は、こうした環境の中で意識的に、
「ノイズを減らす」方向へ舵を切るようになりました。
 
目の前の仕事や判断に集中するために、
不要な情報や突然の割り込みから、
自分の時間と思考を守る。
 
けれど同時に、
私は「営業」という仕事そのものを
否定したいわけではありません。
 
何しろ、私自身が
営業のど真ん中にいる人間です。
 
営業とは本来、
お客様が自分の意思で、
気持ちよく決断できるよう
支える仕事だと、私は考えています。
 
それと同時に、
人の人生に影響を与えるほどの、
とても重要で、責任の重い役割だとも思っています。
 
 
私の人生を方向付けた、玄関先の出来事
 
それは、私が小学三年生の頃のことです。
 
ある日、家の玄関先で、
母が誰かと話をしていました。
 
奥の部屋にいた私に、母が声をかけました。
 
「ちょっと来て」
 
玄関へ行くと、
そこには一人の女性が立っていました。
英語塾の営業の方でした。
 
母は私の方を見て、
「英語の塾に通わんかって言われとるんやけど、
英語、勉強する?」
そう聞きました。
 
その瞬間、私には一切の迷いがありませんでした。
 
もともと好奇心が強く、
なぜか英語には強く惹かれるものがあり、
私は反射的に、
「やるー!」
と答えました。
 
英語そのものが目的だったのではなく、
自分の世界を広げたい。
ただ、その一心だったのだと思います。
 
あの日、玄関先で交わされた、
ほんの短いやりとり。
 
けれど振り返ってみると、
それは私の人生の向きを、
静かに決めた瞬間だったように思います。
 
 
水泳やピアノは、
親が決めて、用意してくれた習い事でした。
 
けれど英語は、初めて、
自分の意思でやると決めたものでした。
 
この「自分で選んだ」という感覚は、
その後もずっと、
私の中に残っていたのだと思います。
 
あのとき即決した英語は、
気づけば、
人生の節目で進路を選ぶときの
「自分で選び、自分で踏み出す」
ひとつの基準になっていました。
 
 
英語の塾に通い始めたのは小学三年生の頃。
まだ周りの誰も、
英語など勉強していなかった時期です。
 
その後、中学に上がる前にその英語の塾は辞め、
中学を卒業するまで、別の学習塾に通っていました。
 
けれど、英語は、
自分の中で特別な位置にあり続け、
なぜか手を抜くことができませんでした。
 
中学で学習塾が嫌いになり、
高校時代には一切通っていませんでした。
 
多くの人が長文読解につまずく中でも、
私は必死に食らいついていました。
 
努力で乗り越えたというより、
早くから触れていた英語が、
すでに自分の中の基準になっていたのだと思います。
 
 
大学進学では語学系の分野を選び、
そこにも迷いはありませんでした。
 
大学時代、
ニュージーランドへの留学を決めたときも、
私の中にあったのは
「行く」という選択肢だけでした。
 
父は大反対しましたが、
行かないという答えは、
最初からありませんでした。
 
社会人になってからは、
英語とは関係のない仕事に就きました。
 
それでも、
私のそばから英語が消えることはありませんでした。
 
また海外に滞在する機会があり、
その環境では、再び英語に囲まれることになりました。
 
しばらく離れていたはずの英語が、
その場では当たり前のように必要で、
けれど「久しぶりに使う」という感覚もなく、
気づけば、英語がまた生活の中に戻ってきていました。
 
そして今も、
英語は私の生活の中に、
静かに存在しています。
 
日本から世界を見ると同時に、
海外から日本や世界を見る。
 
海外の情報に目を通すとき、
私は意識的に、
違う視点で物事を見て、
気づきを得ようとしています。
 
英語は私にとって、
「海外で働くためのスキル」でも、
「何かに使える武器」でもありませんでした。
 
英語を通して得た一番大きなものは、
自分が生まれ育った日本という国を
外から眺める視点だったように思います。
 
そして考えてみると、
この長い流れの始まりには、
あの日、玄関先に立っていた
一人の営業の女性がいました。
 
 
海外に行って改めて思ったのは、
日本は、とても素晴らしい国だということです。
けれど同時に、
日々、時間に追われ、
余白を持ちにくい社会でもあると感じました。
 
一つのやり方が前提になりやすく、
同調圧力により足並みをそろえ、
「それ以外」を想像しにくい側面も持っている。
 
海外の考え方や価値観を知る中で、
私は初めて、
「今まで当たり前だと思っていたことが、
決して唯一の正解ではない」
という感覚を持つようになりました。
 
その感覚は、
営業の現場に立つようになってからも、
私の中で生き続けています。
 
押すしかない営業。
断れないことを前提にしたやり方。
お客様の意思より、
会社の都合が優先される構造。
 
それらに強い違和感を覚えるのは、
英語を通して
「別の前提」を知っていたからなのかもしれません。
 
 
お客様の意思を尊重するということ
 
お客様の意思を尊重すること。
お客様自身が、
納得したうえで決断できること。
 
私は、これを何よりも大切にしています。
 
主役は、いつもお客様。
営業は、その決断を支えるアシスト役です。
 
専門的な知識を持ち、
判断の基準となる情報を整え、
迷いがあるなら一緒に整理する。
 
そうして初めて、
「この人なら任せられる」という
信頼が生まれる。
 
……本来、営業とは、
そういう存在だったはずです。
 
 
けれど今、
自社や自分の都合を優先し、
お客様の意思が後回しにされている場面を、
私は少なからず目にしてきました。
 
気づけば、
お客様を助けるはずの営業が、
負担や迷惑になってしまっている。
 
それは、
あまりにも本末転倒だと思うのです。
 
かつては、
情報そのものが貴重だった時代がありました。
 
けれど今は、
情報はあふれ、
固定電話は取られなくなり、
知らない番号からの着信には、
警戒心が先に立つ時代になりました。
 
自社の利益重視で、
目先の利益を追い続けた結果が、
現状を反映しているような気がしてなりません。
 
お客様が「自分で決める」。
その当たり前を、
私たちはもう一度、
取り戻さなければならない。
 
 
想像力が失われていく構造の中で
 
今の営業を見ていて、
私はずっと違和感を抱いてきました。
 
それは、
営業個人の質の問題ではありません。
 
想像力そのものが、
使えない構造になっている、
という感覚です。
 
売上が最優先。
短期の数字がすべて。
 
そうした環境では、
営業はいつの間にか、
「相手にどう届くか」ではなく、
「自分が何件動いたか」という軸で
評価される存在になります。
 
電話をかけたか。
訪問したか。
連絡を入れたか。
 
そこに、
その行為が相手の時間を奪っていないか、
判断を急がせていないか、
信頼を削っていないか、
という視点が入り込む余地は、
ほとんどありません。
 
結果として、
営業は考える存在ではなくなり、
「行動すること」自体が
目的になっていく。
 
私は、
これを営業個人の責任だとは
思っていません。
 
想像力は、
優しさや性格の問題ではなく、
使う余地があるかどうかの
問題も大きいからです。
 
売上と数字だけが評価される環境では、
立ち止まって考えることや、
相手の立場を想像することは、
「非効率」として
切り捨てられてしまう。
 
けれど本来、
営業とは、
信頼を少しずつ
積み上げる仕事のはずです。
 
短期の数字を追い続けることで、
長期の信用を失っているとしたら、
それは会社にとっても、
決して健全な状態とは言えません。
 
そして、その歪みの中で
一番置き去りにされているのは、
ほかでもない
お客様です。
 
お客様が、
自分の意思で、
納得して
決断できること。
 
それこそが、
本来の中心に
あるべきものです。
 
その当たり前が見失われたとき、
営業は、
人を助ける仕事ではなく、
人の時間や判断を
奪う行為に
変わってしまう。
 
私は、
営業という仕事が
そうなってしまうことが、
どうしても
悲しかった。
 
だからこそ、
誰かを責めたいのではなく、
営業の在り方そのものを
問い直したいと
思っています。
 
営業は、
売るための仕事ではなく、
意思決定を
支える仕事で
あってほしい。
 
その想いが、
今の私の仕事の
軸になっています。

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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。