第6話 仲介の立場から見えてくる、三者三様のリアル

2025/09/03

― 三者三様の立場から見えること ―

不動産の取引には、「売主様」「買主様」「銀行様」という三者が存在します。
それぞれの立場に事情があり、考え方があります。

ただし共通しているのは、人は誰しも視野が狭くなりやすいということ。
そして、もっと怖いのは──
その視野が狭くなっていることに、自分自身ではなかなか気づけないという点です。

私は現場でそのような瞬間に多く触れてきました。

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― 売主様の視点 ―

売主様の多くは、頭のどこかで「いつかは売却を考えないといけない」と思っていらっしゃいます。
けれども、いざ決断となるとその重さゆえに、どうしても先送りにされることが多いと感じています。

「息子と話してからでないと」「また今度ゆっくり考える」──。
そうして月日が経つうちに、状況はどんどん変わってしまいます。

問題を先延ばしにするほど、決断はより苦しく、負担の大きいものになってしまう。
だからこそ私は思うのです。

売却するかどうかは別として、今、お元気なうちに、将来について真剣に考える機会を持っていただきたい。
今は苦しくても、先送りするよりもずっと、心に余裕を持った判断につながります。
 

さらに、ご家族の間で意見が分かれることも少なくありません。
「売りたい」と考える方と「手放したくない」と考える方──親子や夫婦、兄弟姉妹の間で、深い思いや背景が複雑に絡み合っているのです。
実際、私自身もこれまで何度か、間に入って説得を試みたことがありました。

けれどもその経験を通じて痛感したのは、第三者である私がいくら努力しても、本当の解決にはつながらないということ。
それは結局、ご家族の中でしか乗り越えられない壁だからです。

話し合いを避け続けてしまうと、時間だけが経過し、かえって状況を難しくしてしまいます。
だからこそ大切なのは、逃げずに本音で話し合うこと。

そのときに必要なのは、
「なぜ売りたいのか」「なぜ売りたくないのか」──互いの理由をしっかり理解し合うことです。
お互いの背景や思いを理解してはじめて、本当に納得できる結論に近づける。
そして、その先にある「より良い未来」にどうつなげていくかを、一緒に考えてほしいのです。
 

また、一方でよくあるのが、売主様がかなり強気な場合です。
業者から次々に電話がかかってくることで相場をはるかに上回る価格を希望されることもあります。

お気持ちは理解できますが、不動産は相手のある取引です。
もし買主様が無理をして購入し、その後「やはり買わなければよかった」と後悔されたら、売主様ご自身も本当に気持ちよく次のステージに進めるでしょうか。
 

不動産は「相場」という基盤があるからこそ市場が成立します。
私は、一方だけが得をする取引ではなく、双方が納得できる取引をしたいと考えています。

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― 買主様の視点 ―

多くの買主様と接していて感じるのは、真剣さと表裏一体にどうしても視野が狭くなってしまうということです。

サラリーマン大家さんを中心に、自己資金をなるべく入れず、融資を最大限引いて投資したいという思いがとても強い。
その思いは理解できます。ただ、現実には今の融資環境は非常に厳しいのが実情です。

実際、昨年ご縁をいただいた法人の投資家様(不動産管理を主にされている会社の代表者様)ですら、直近ではさらに状況が厳しくなり、取引銀行から2割の自己資金を求められたと耳にしました。

不動産を本業とする法人ですらこのような厳しい状態になっています。
 

振り返ってみると、過去2年間で私が扱った案件では、融資を引いて購入されたサラリーマン大家さんは一人もいらっしゃりませんでした。

断念される理由の多くは、銀行から「自己資金を2割、あるいは3割入れてください」と言われるからです。
ですから私は、買主様にこうお伝えしたいのです。

「見たい数字」だけでなく、「見たくないリスク」にも向き合ってほしいと。
今の環境では、冷静さを失わず、正確に現状を把握し、広い視野で判断することがとても大切です。
 

複数の案件を見ていく中で、私は一つの答えに行き着きました。
銀行様は物件の評価に対して、少なくとも2割の負荷をかけて見ている。

それは将来の見えないリスクを織り込む意味でもあり、同時に「この2割を背負う覚悟があるのか問われている」気がしてなりません。

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― 図解:視野を広げるプロセス ―

このプロセスを経ることで、焦りや思い込みから抜け出し、未来につながる正しい判断ができるのではないでしょうか。

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― 銀行様の視点 ―

銀行様についても、私は大きな気づきをいただいた経験があります。

ある時、私はある銀行の担当者さんに「最近はサラリーマン大家さんへの融資がとても厳しいですね」と本音をぶつけました。
その時、担当者さんがこうおっしゃったのです。

「ただ、その方々が行き詰まって将来困らないようにするのも、私たちの役割なんです。」

私はその言葉にハッとしました。

正直に言えば、それまで私は「銀行は融資を出し渋っている」と感じていたからです。

けれども実際には、将来的に返済が苦しくなり、資産を手放さざるを得なくなる買主様を守るために、あえて融資を抑えている。
そういう視点があるのだと気づかされました。

例えば、過去に金利4.5%という高い条件でローンを組んで購入された方々は、今の市況では「売却したくても買い手が融資を受けられず、思うように進まない」ケースが多く見られます。

そうした現状を目の当たりにしてきたからこそ、担当者さんの言葉に深く納得させられたのです。

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― 最後に ―

不動産取引に関わる三者三様の立場。

• 売主様は「決断の先送り」
• 買主様は「一点集中の思考」
• 銀行様は「将来を守るための厳しさ」

どれも立場が違うからこそ、見え方も違います。
ただ一つ共通して言えるのは、冷静さを持って視野を広げることの大切さです。

それは「今」を正しく見極め、「未来」をより良くするための最初の一歩につながるのだと思います。
そしてこれは、私自身が常に自分に言い聞かせていることでもあります。
 

誰しも「自分の考えが正しい」と思い込み、視野が狭くなってしまうことがあります。
だからこそ意識して「なぜ?」という原因を冷静に突き止め、そこから考えるようにしています。

そうやって初めて、視野を広げる一歩が生まれるのだと実感しています。

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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。