第2話 クラスで自分だけが顔をつけられなかった日

2025/06/12

水が怖かった──クラスで自分だけが顔をつけられなかった日

幼稚園の水泳の時間、私は「顔を水につけること」がどうしても怖くて、クラスでただ一人、それができませんでした。
みんなが当たり前のようにできていることが、自分だけできない──
そのとき感じた劣等感と悔しさは、今でもはっきりと覚えています。

そんな私に、母が勧めてくれたのは、期待と注目が集まっていた新しいスイミングスクールでした。
通い始めると、先生たちの的確で熱心なご指導のおかげで、私はすぐに泳げるようになりました。

でも、泳げるようになった後に待っていたのは、まったく別の苦しさでした。
まだ小学校1〜2年生だった私に課されたのは、1時間ぶっ通しでクロールを泳ぎ続けるという、想像を絶するようなレッスン。
「もう無理、死んじゃう」と何度も母に訴えましたが、
母はいつも静かに、「この級に達するまではやめてはいけない」と言いました。

逃げ道は、ありませんでした。
私はただ、泣きながらも、必死に耐えるしかなかったのです。

あの頃の私が、どうやってその日々を乗り越えたのか、今でもうまく言葉にはできません。
けれど、顔すら水につけられなかった私が、1時間泳ぎ続ける過酷なレッスンに耐え抜いたという事実は、私にとって大きな“人生の突破体験”でした。

あきらめずに続けたことで、「やればできる」ではなく、「やり抜いたからできた」
──そんな確かな感覚が、自分の中に残ったのです。

もし、あのとき途中でやめていたら、きっと今の私はいなかった。
あの時流した涙のひとつひとつが、
今の私の“底力”となって、生きていると感じています。

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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。