水が怖かった──クラスで自分だけが顔をつけられなかった日
幼稚園の水泳の時間、私は「顔を水につけること」がどうしても怖くて、クラスでただ一人、それができませんでした。
みんなが当たり前のようにできていることが、自分だけできない──
そのとき感じた劣等感と悔しさは、今でもはっきりと覚えています。
そんな私に、母が勧めてくれたのは、期待と注目が集まっていた新しいスイミングスクールでした。
通い始めると、先生たちの的確で熱心なご指導のおかげで、私はすぐに泳げるようになりました。
でも、泳げるようになった後に待っていたのは、まったく別の苦しさでした。
まだ小学校1〜2年生だった私に課されたのは、1時間ぶっ通しでクロールを泳ぎ続けるという、想像を絶するようなレッスン。
「もう無理、死んじゃう」と何度も母に訴えましたが、
母はいつも静かに、「この級に達するまではやめてはいけない」と言いました。
逃げ道は、ありませんでした。
私はただ、泣きながらも、必死に耐えるしかなかったのです。
あの頃の私が、どうやってその日々を乗り越えたのか、今でもうまく言葉にはできません。
けれど、顔すら水につけられなかった私が、1時間泳ぎ続ける過酷なレッスンに耐え抜いたという事実は、私にとって大きな“人生の突破体験”でした。
あきらめずに続けたことで、「やればできる」ではなく、「やり抜いたからできた」
──そんな確かな感覚が、自分の中に残ったのです。
もし、あのとき途中でやめていたら、きっと今の私はいなかった。
あの時流した涙のひとつひとつが、
今の私の“底力”となって、生きていると感じています。