第3話 限界の中で磨かれた感性

2025/06/12

「普通じゃなかった」日々の業務量

リクルート時代、
私は“営業職”というより、
“命を削る調整屋”のような毎日を送っていました。

1日に何十件もの電話とメール。
そして時には、1日で7社もの商談をこなすような、分刻みのスケジュールになることもありました。
移動中にも携帯が鳴りやまず、走りながら電話に出て、返信はもう“即決・即断”の世界。

ゆっくり考える時間なんてどこにもなくて、判断も提案も、すべてが“その場で決める”の連続でした。

「分身の術を使って、私が三人にならないかな……」
本気でそう思っていました。

一人ではとても捌ききれない。
それでも──代わりはいない。
自分が担当した案件は、どれだけ手一杯でも、“自分がやるしかない”。
誰かに回すという選択肢すらなくて、
全部、自分の肩の上に降りかかってくる世界でした。

上司に相談しても、返ってくるのはたった一言。
「で、恵美ちゃんはどうしたらいいと思う?」
助けてくれるわけじゃない。
正解を教えてくれるわけでもない。

“自分の頭で考えて、自分で決める”
それが、あの職場のスタンダードでした。

逃げられないなら、考えるしかない。
どんなに無理だと思うような問題でも、
どうすれば突破できるのか、どうすれば乗り越えられるのか──
その“答え”を、自分の中からひたすら引き出し続ける日々。

気づけば、仕事のこと以外、1ミリも考えられない。
そんな世界で、私は生きていました。

 

“求人票”は、言われたとおりに書くものではなかった

求人の依頼が入ると、私たち営業はまず総務の方からヒアリングを行います。
「若くて素直な子がいいです」「経験よりも人柄を重視したい」
そんな風に、理想像を語ってくださることが多くありました。

けれど──
その言葉を、そのまま鵜呑みにしていたのでは、本当に会社が求めている人材には辿りつけない。
私は、何度も“チェンジ”を経験する中で、そう痛感しました。

総務の方の想いと、現場の本音は、しばしばズレている。
「育てていける人材」と言いつつ、実際には“即戦力でなければ回らない”現場。
採用しても定着せず、教えた時間ごと失われてしまう──

そんな失敗の繰り返しの中で、私は次第に気づいていったのです。
“言われたこと”ではなく、“言われていないこと”を見抜かないといけない。

この会社が、今本当に必要としている人材とはどんな人か。
どんな性格の人なら、ここで生き生きと働けるか。
企業の空気感、現場のスピード感、人間関係の温度感──
目に見えない要素まで汲み取りながら、私は“その会社に合う人”を自分なりに見極めていきました。

この作業は、単なる営業ではなく、調律に近い感覚。
そして今、私は不動産仲介というフィールドで、
“物件に対して最もふさわしい買主様”を見極め、ご縁をつなぐ仕事をしています。

誰でもいいわけじゃない。
利回りだけで決めるわけでもない。
この物件には、この人──
そんな直感と洞察が交差する瞬間を、今も大切にしているのです。

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執筆者

高木 恵美

複数の業界で営業職を経験し、今は一棟収益マンションの仲介業を全国で行っています。
営業としての土台を築いたのは、リクルートでの4年間。厳しくも濃密な経験が、私の原点です。
感性を大切にしながら、物件の背景や売主様・買い主様の想いに寄り添い、同時に、数字や収支の分析など、専門性もしっかりと持ち合わせた“両輪”の姿勢で、誠実な取引を心がけています。